第二夜 ~アカデミック

文章:湊水貴 イラスト:雪村せつな
衣替えをして、少し風通しのよいスーツを身に着けているけれど、今夜は風のない晩。
生ぬるい空気が身の回りにまとわりつき、少しだけ息苦しくて、咽喉元のネクタイを少し緩めた。
白磁に浮かぶ頚動脈の青がトクンと流れ咽喉元から全身にまわった気がした。
水沢天水音(みずさわあまね)24歳。
磨き上げたはずの革靴が、月の明かりを受けて鈍く光り、アスファルトの上で静かに足音を響かせていた。
刑事は足で稼ぐ。_____よく聞く言葉。
キャリアとてそれは変わらない。いや、、、これは「新米」の場合に限るかもしれない。
やらなければいけないこと、覚えなければいけないこと、膨大な量の資料を目の前に奔走しつつ、
求められるものは日々大きくなって、新しい壁となり自分の前に立ちふさがる。
人より少し細い身体は、頭脳より先に体力の消耗が早かった。
それは国家公務員1種試験(法律)に合格して、キャリア組として東京都にある警察大学校に入校したときに実感させられた。
大学は、T大の医学部。体力が必要なのは医者も一緒。手術になれば長時間立っていなければいけない時もでてくる。
めまぐるしく患者を受け入れていくERに行ったら、立っているだけでは済まされない。
しかし、使う筋力は全然違う。
基礎体力を自分なりに身につけて臨んだはずだったのに、全然足りなかった。
体力をレベルで表すと、同期と比べて中の下くらい。自分なりの評価だから信憑性は薄いとだけ伝えておきたい。
「ふぅ、、、。」
朱色が映える薄い口元から一つ息が零れた。
ため息じゃない。
天水音は、そう自分に言い聞かせた。
「ほら、食べないと午後からキツイぜ。」
箸の止まっている天水音に声を掛けたのは、同期の佐々木通(ささきとおる)。
「食べてるだろ、、、。」
唯、箸が止まっていただけ。
琥珀の瞳をふいと逸らして、ついさっきまで走らされていたグラウンドに向けた。
今日は10キロ、かなりのハイペースで走った。まだついて行くのがやっと、、、。
天水音は、奥歯をそっと噛み締めた。
「なら、いいけど。」
佐々木の盆に乗っている食器を見るとほとんど食べ終わっている。
____食欲が無いなんていっていられない。食べるのも仕事のうちだ。
天水音は箸の重みを感じながら食事を再開したとき、突如するどい警報が食堂、、、館内に響き渡った。
皆の体に緊張が走る。
「緊急呼集!緊急呼集!総員出動準備を整え、集合せよ!」
突き刺す警報をバックに、スピーカーから聞こえる緊急呼集の呼びかけも終わらぬうち、あっという間に食堂からは誰もいなくなっていた。
「遅い!お前ら寝てんのか!」
集合しての第一声は罵声から始まった。
「何故この時間に全員の集合まで6分もかかる!」
いつ何時、緊急呼集がかかるか分からない。
束の間の安眠に入りだした寝入りのとき、ポテンシャルを高めるための自由時間のときもある。
その度にこの足を集合場所に向けて走らせる。
「本来であれば、3分で集合すべきところ。何故だ?!」
整列して一番端に立っている佐々木に教官が問いかける。
「はい!申し訳ありません!」
佐々木は大きな体躯を90度に曲げて頭を勢いよく下げる。
「申し訳ないで、誰かが救えるのか?誤って済むのは学生までだ!」
そう言って架せられたペナルティは、その場で全員腕立てふせ50回だった。
60人一斉に並んで、地べたに手を突いて腕立てふせを始めると、かなり壮観な光景になる。
警察官採用試験には体力試験もある。
ここで一旦ふるいにかけられ、警察官採用試験に合格しなければ警察官になることはできない。
つまり、ここにいる人間は、一定基準の体力と学力を持っているということになる。
キツイと思っているのは自分だけではないが、佐々木が楽々とこなしていく腕立てふせ50回を横目でチラリと見てしまうと、自分の体力の低さを苦々しく思う。
ノルマを終了した者はその場で全員が終わるまで、背筋を伸ばし起立して待っていた。
警察大学校だからといって、学生ではない。ここでの扱いは、もう一警官の立場になっている。
教わるのではない。
ここには在職中に何度か入校するが、今は初任科と呼ばれ、初任地に向けて先輩警察官の邪魔にならないよう仕込まれる。
一番最初に警察官として必要な礼儀から始まり、基礎体力作り、刑法、交通、柔剣道、拳銃操方、教養など、キャリア組みは6ヶ月、ノンキャリアは9ヶ月みっちり叩き込まれる。
初任科は適正を見極められ、再度ふるいにかけられている。そんな感じだ。
_______現に4人、後姿を見送っていた。
外に出れば、市民にとって新米なんて言い訳は通用しない。
天水音はラスト一回、歯を食いしばり思いっきり力を込めて体を持ち上げた。
素早く立ち上がると、自分が最後ではなかった。まだ十数人、眉を寄せ、顔をゆがめて腕を屈伸させながら己の体を持ち上げている。
痺れる腕をズボンの折り目に添えて背筋を伸ばす。
ほっそりとした首筋で光る汗が、襟元に流れ込んでいた。
余裕の佐々木が濃い眉の下から、「がんばったじゃん」と言いたげな瞳をよこすが、天水音は無視して目の前の青空を見据えた。
もう2ヶ月、あと4ヶ月しかない____。
医学への道を捨て、この場に立ったのは自分。
やるべき事も明確に分かっている。
握りしめたいこぶしを、指先に力を入れて地上に向けた。
「水沢警部補はテーブル拭きをお願いします。」
佐々木はカチャカチャと震わす食器を僕の手から取り上げると、冷たい布巾を渡してきた。
「あっ・・・ありがとう。」
琥珀の瞳を少し見開いて、呟いた。
柔道の黒帯を持っている佐々木。ノンキャリだけど、必ず上に上がってこれるだけの頭脳と明朗快活さを持ち合わせ、おまけに面倒身がいいときてる。
だけど、が体のいい佐々木がごつい手で食器を持つと、まるでおままごとだった。何度見ても笑ってしまう。
「いいもん見れた。」
「えっ?」
僕の背にした青空から差し込む太陽の光が眩しいのか、佐々木は少し目を細めていた。
「ほらさっさと拭けよ。ペナルティーはゴメンだぜ。」
軽口を叩いて佐々木はごまかす。
「こっちこそごめんだよ_____持って行くのなら、早く持って行ってください。佐々木巡査。」
警察大学校でも、名前に必ず役職階級をつけて呼ばなければいけない。
僕と佐々木は同じ年で同期。だけど佐々木はW大学を出たのに、僕の受けた国家公務員1種試験ではなく、東京都の警察官採用試験を受けてきた。
だから、僕は警部補で、佐々木が巡査。
スタート時点で出世の早さが違うのも、キャリア組とノンキャリアの差かもしれない。
それでもここでは殺伐としたものは感じられなかった。
気の休まる暇が無いのも事実だけれど、同期との共同生活と訓練には厳しい中にも楽しさも得られている。
毎日何のかんのといってペナルティもついてまわるが、
しかし、それは個人には及ばない。今回のように全員であったり、一教場、各班、と、必ず連帯責任で負わされている。
それによって更に「絆」を深め、脱落者を少なくしているのも結果としてでている。
自分にとっても、父の背を選んでこの場にいることを間違いでは無いと思わせてくれていた。
続く
こんにちは湊&せつなです。改めてページにお立ち寄り下さいましてありがとうございます。(__)゛ペコリ
このたび、メゾンブランの雪村せつな様と合作を始めています☆
見切り発車のアラビアモノ(^^;A
文章、イラストは、かわりばんこで上げていく予定となっています。なので、せつな様の所と同時に同内容で更新があります~。
是非遊びにいってみてくださ~い(・v・)/有能な秘書の長谷川さんがカッチリスーツ姿で丁寧にお迎えしてくれます☆☆
湊は長谷川さんにも静くんにもやきもきさせられて勝手に妄想タイムに入っています。
いきなりですが、どんどん遡って、天水音君の警察大学校エピソードまで行ってしまいました。
警察大学校など、含めて、都合のいいように変えている部分が多々あります。あれっ?て思わないで下さいね(^^;A゛
アラビアの描写はもう暫く後になるのかな、、、。おかしい、、、ロマンティクアラビアもの書きたくて始めたはずなのに。ね、せつなさん、、、。
本人達もどうころぶかわりませんwお気になさらず、気長にお付き合いくだされば、幸いです!
いつの間にかのポチと拍手ありがとうございます☆☆☆(__)゛深々謝謝~
湊水貴
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